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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)1537号 判決 1958年5月24日

原告(反訴被告) 江戸橋商事株式会社

右代表者 森脇将光

右代理人弁護士 中口光太郎

被告(反訴原告) 日本冶金工業株式会社

右代表者 森曉

右代理人弁護士 松本才喜

<外二名>

主文

原告(反訴被告)の本訴請求を棄却する。

原告(反訴被告)は被告(反訴原告)に対し別紙目録記載の各約束手形を引渡せ。

訴訟費用は本訴反訴を通じ原告(反訴被告)の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、被告が別表記載の各約束手形(以下、本件約束手形という。)を振出したこと及び原告が本件約束手形をいずれも原告主張の日に呈示したところ、これが支払を拒絶された事実は当事者間に争いがない。

二、被告の主張する本訴請求原因に対する抗弁の第一にしてかつ反訴請求原因たる約束手形金債務免除、約束手形返還の契約の成否について判断する。

成立に争いのない甲第十五ないし第十九号証、証人志賀米平、同茂木忠男、同阿部三四郎、同植村武満の各証言(いずれも後記措信しない部分を除く。)を綜合すると、本件約束手形に関する原被告間の交渉及び乙第一号証たる念書に原告の共同代表取締役の印が押捺され、これが被告側に手交される経緯として、次の事実を認めることができる。

原告は昭和二十六年五月二十六日金銭貸付及び媒介業並びに一般事業投資その他二、三の事業目的を以つて設立された資本金二百万円の株式会社であり、当初その代表取締役は訴外志賀米平と同茂木忠男とであり、共同代表の定めがなされていたこと、現在原告の代表取締役となつている森脇将光は昭和二十七年十月六日右共同代表者であつた両名が辞任するに及び代表取締役に就任した者で、それまでは原告の取締役でも株主でもなく、単にその金員を原告に貸付けているに過ぎなかつたが、右は森脇将光に対する徴税を避けるために採つた便宜的措置であつて、原告の実権者は設立当初から森脇将光であり、原告の事業に関しても森脇将光自らが商談をなすなど原告の業務運営一切は森脇将光が握つており、共同代表者たる両名は右森脇将光の命を受けて形式的に代表者の業務を執行していたに過ぎず、このため志賀米平の職印は常に原告事務所の手提金庫に保管し、これが押捺を必要とする場合は茂木忠男と当時原告の取締役であつた訴外米屋等が森脇将光の了解を得て押捺することに定められていたこと(以上認定の事実中登記事項に関しては成立に争いのない甲第八号証、乙第十一号証によつてこれを認める。)、被告はかねて森脇将光ないし原告の本件約束手形入手を不正入手であるとして各満期日にその支払を拒絶すると共に、志賀米平と古くからの知己である岡島善四郎に対し本件約束手形返還請求についての代理権を与え、昭和二十七年二、三月以来同人をして本件約束手形を無条件で被告に返還して呉れるよう折衝せしめていたが、原告の容易に応ずるところとならず、却つて、原告は本件約束手形金債権を被保全権利として被告の本社にある器具類及び川崎工場にある資材製品などに仮差押をなしたこと、ところが、昭和二十七年八月二十八日森脇将光が公正証書原本不実記載などの容疑で警視庁に勾留され、これに関連して原告の営業所にあつた本件約束手形も押収され、原告が本件約束手形を入手するに至る事情について取調を受け、前記志賀米平、茂木忠男、米屋等及び原告の従業員たる訴外阿部三四郎も警視庁、検察庁などにおいて取調を受けるに至つたこと、ここに至り、志賀米平は本件約束手形の入手方法には対価を与えずして交付を受けるとか、あるいは既に消滅した債権の担保として交付を受けるとかの不正があり、当局の取調の主眼は本件約束手形入手関係にあると判断し、この際、善後策として森脇将光及び原告に対する嫌疑をやわらげその安全をはかるためには本件約束手形に関し被告と示談するのほかなしと考え、前記岡島善四郎に対し示談の申入れをなしたこと、そこで右岡島善四郎はおなじく本件約束手形返還請求について被告から代理権を与えられていた弁護士植村武満とも相談の上、本件約束手形を無条件で被告に返還し、原告のなした右仮差押を解放することを約するよう右志賀米平に申入れたところ、志賀米平は当時勾留中の森脇将光には面会が許されないので、同人に相談することもできず前記の事情からこの被告側の主張をやむなしと考え同年九月七、八日頃岡島善四郎に対し右仮差押を解放し本件約束手形は警視庁から還付を受け次第これを被告に返還することを口頭で約すると共に、その翌日被告が本件約束手形の不渡届に対する異議申立に関し支払銀行の名において東京手形交換所に提供中の金員の返還を請求するにつき原告として不渡処分を撤回する旨の意思表示をなしたこと、右口頭の契約成立の旨を岡島善四郎から聞いた弁護士植村武満は口頭の契約のみでは心許なしと考え、念書の形式で右契約を書面になすべくその草稿を起案してこれを岡島善四郎に手交し、岡島善四郎はこれをタイプ浄書して、原告の共同代表取締役志賀米平及び同茂木忠男から被告の代理人植村武満、同岡島善四郎にあてた原告は本件約束手形につきいずれも権利の主張をなさず本件約束手形が警視庁から還付あり次第無条件にて被告に返還する旨の意思表示を記載した念書(乙第一号証ただし約束手形7の名宛人は東京洋行と誤記されていた。)を作成し、これを志賀米平に手交し、原告の共同代表取締役の押印を求めたこと、志賀米平の職印は常に原告事務所の手提金庫に保管されてあつたことは上述のとおりであるが、森脇将光の勾留後は茂木忠男、米屋等らも連日警視庁などに出頭するなど留守がちであつたため、森脇将光の勾留後約一週間位で取調の終つた阿部三四郎が利息の受領、手形の切替など原告の日常的事務を行い、このため同人が茂木忠男の命により志賀米平の職印在中の手提金庫及び茂木忠男の印鑑を保管していたので、志賀米平は右書類の手交を受けるや、前同日頃右阿部三四郎に対し右書類を示して、森脇将光及び原告に対する嫌疑をやわらげその安全をはかるためには、これに押印して被告側に手交するよりほかなき事情を告げ、これを阿部三四郎に手交して志賀米平の印を押捺するよう命ずると共に、これを茂木忠男に示し同人からも押印を受けて置くよう申付けたこと、阿部三四郎は茂木忠男の印を保管中であること前記のとおりであつたが、茂木忠男に右書類を示してから押捺するのが適当と考え、志賀米平の印を押印した上(乙第一号証中の志賀米平の印影の真正なることは、成立に争いのない乙第二号証の一、二によつても認定できる。)、右書類を手提金庫中に保管して置き、その後茂木忠男が原告の事務所に来た際右押印の旨を報告したが、茂木忠男はなんらこれに異議を述べなかつたこと、同月十三、四日頃岡島善四郎が原告事務所に来たり、阿部三四郎が志賀米平は不在の旨を告げると岡島善四郎はなにか志賀米平から聞いていないかとの趣旨を申し述べたので、阿部三四郎は右書類を受領に来たものと判断し、手提金庫中より右捺印の終つた書類を取出し、これを岡島善四郎に手交したこと。

右の各事実が認められ、前顕各証拠中右認定に反する部分は措信せず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定の事実からすれば、原告の共同代表者の一名たる志賀米平は既に乙第一号証たる念書作成以前に本件約束手形金債務の免除及び本件約束手形返還につき被告の代理人岡島善四郎に対し口頭で契約をなしていたもので、後に阿部三四郎によつてなされた右念書の被告側への手交が志賀米平の意思に基いたものであつたか否かは右口頭の意思表示の効力を左右し得ない。一方共同代表者の他の一名たる茂木忠男は阿部三四郎から右念書の内容を示されまたかかる契約を締結せねばならない事情の説明を受けた上、志賀米平と阿部三四郎とがよいと思うならやつてくれとの旨をのべ、阿部三四郎から茂木忠男の印を乙第一号証に押捺して置いたとの報告を聞いても特に異議を申し述べなかつたこと右認定のとおりであるから、もはや当時同人は右念書を以つて被告の代理人たる岡島善四郎及び植村武満に対しその記載の意思表示をなすことを決意していたものというべきで、右念書は同人の意思表示としていささかもかくるところはないから、その後に阿部三四郎によつてなされた岡島善四郎に対する交付により、茂木忠男の書面による意思表示が到達したものというべきである。

而して共同代表者の意思表示は共同代表者総員の各意思表示があることを必要とし、一部の者が同意や追認をなしたに止まるときは共同代表者の有効な意思表示というを得ないこと勿論であるけれども、各意思表示が各共同代表者が互に相談の上同時になされることは必ずしも必要としないものと解せられ、右認定の如くその時を異にしその方法を異にしてなされた場合も、共同代表者総員の各意思表示が相手方に到達した以上、原告の意思表示として有効なものといえる。

三、そこで、進んで右契約締結は志賀米平の背任的権限乱用行為であり、被告の代理人はこの点につき悪意であるとの原告主張について検討すると、志賀米平が右契約締結を決意したのは、森脇将光の勾留に端を発し、本件約束手形入手事情に関しても当局の追及が及んでいるものと判断したからであること前記認定のとおりであり、前記認定の森脇将光と原告との特殊な関係からすれば、森脇将光の安全は即ち原告の安全であるから、ここにおいて、右契約を締結せざれば、原告の安全をはかりえないと考えたのも無理からぬところであつて、原告の主張するように志賀米平が自己又は第三者たる被告の利益をはかりまたは本人たる原告に損害を加える目的で背任的にその権限を乱用し、本件所為に及んだと認めるに足る証拠はないし、更に、被告側の悪意の点についても全く立証がない。(森脇将光の著書として出版されていることが争いのない甲第十四号証の二における被告が志賀米平を傀儡とした旨の記載などは要するに森脇将光の意見、判断を記載しているに過ぎない。)

そして、右契約締結が背任的権限乱用行為でない以上、前記認定の原告の事業目的に照らし、約束手形金債権の処分たる右契約締結が原告の事業目的外の事項というをえないことは勿論である。

四、右のとおりであつて、原告の被告に対する本件約束手形金債務を免除し本件約束手形を被告に返還する旨の原被告間の契約は有効に成立しているものと認められるから、本件約束手形金を請求する原告の本訴請求はその余の点を判断するまでもなく右認定の契約からして失当であり、右契約を原因として本件約束手形の引渡を求める被告の反訴請求は理由がある。

よつて原告の本訴請求を棄却し、被告の反訴請求を認容し、本訴及び反訴の訴訟費用の負担について民事訴訟法第八、九条を適用し、被告の申立てる仮執行の宣言はその必要なきものと認めて却下し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 桑原正憲 裁判官 佐藤恒雄 三好達)

<以下省略>

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